若かりし頃の思い出
今から約30年ほど前、当時二十歳頃だった僕が、初めて買った車――初代CIMAとの思い出話をしようと思います。
そのCIMAを初めて見たのは、確か中学3年生の頃。平成元年のことでした。
当時の僕は、車にはまったく興味がありませんでした。
ところが、ある日、道を走っている一台の車を見て、初めて「カッコいい」と思った。それが初代CIMAでした。
その時は、まさか自分が将来その車に乗ることになるなんて、思ってもいませんでした。
しばらくすると、工務店をしていた叔父がCIMAを購入しました。
それからは、叔父のCIMAによく乗せてもらうようになり、いつの間にか僕の中で「いつか自分もCIMAに乗りたい」という気持ちが芽生えていきました。
そして18歳になり、運転免許を取って、いざ自分の車が欲しくなった時――僕の中ではCIMA一択でした。
当時、僕と同じくらいの年代では、HONDAのプレリュードやシビック、日産のシルビア、180SXなど、スポーツカータイプの車が流行っていました。
そんな時代に、僕が欲しかったのは、いわゆる「オジサンが乗る車」の代表格のようなセダン、CIMA。
今思えば、同年代の中では、かなり変わっていたのかもしれません。
ただ、僕の周りには意外とセダンに乗っている友人が多かった。
当時を思い出すと、自分以外にもCIMAに乗っている友人がいて、ほかにもプレジデント、インフィニティQ45、セドリック、グロリア、クラウン、ウィンダムなど、今思えばかなり濃い車が揃っていました。
そして、そんな時代にやって来たのが「ハイソカーブーム」、いわゆるVIPカーブームでした。
それまで「オッサンが乗る車」と思われていたセダンが、ブームによって若者の間でも人気になり、女性にも人気が出るようになりました。
CIMAに乗っているだけで、なんとなくモテるような気がしたものです。
……実際にモテたかどうかは、また別の話ですが。
当時の僕は、昼は仕事、夜は寝る間も惜しんで遊んでいました。
夜な夜な街に出て、特に用事があるわけでもないのに、意味もなく車を走らせていました。
そのうち、河原町通りの三条から四条の間あたりに車を止め、友人たちとたむろするようになりました。
当時の河原町には、VIPカーがズラッと並んでいました。
今では考えられない光景です。
そして、そういう車に乗っている奴らは、なぜか大抵ちょっとややこしい。
毎日のように喧嘩をしている奴もいて、見ているだけでも結構怖かった。
幸いなことに、僕は一度もその騒ぎに巻き込まれることはありませんでした。
怖いと思いながらも、なぜ毎日のように河原町へ行っていたのか。
理由はただ一つ。
なんとか女性と出会うためです。
……しかし、こちらの方にも一度も巻き込まれることはありませんでした。
残念です。
土日になると、今度は暴走族が四条河原町の交差点に、どこからともなく集まってきました。
交差点をグルグル回りながら走るバイクや車。
バイクが50台以上、車も10台以上、多い時には全部合わせて100台以上いたんじゃないかと思います。
あまりの数に、警察も止めようがなく、まさにやりたい放題。
今思えば、ものすごい時代でした。
しかし、そのうち警察も対策を取るようになりました。
夜になると、三条から四条の間への車の侵入を禁止するようになったのです。
最初のうちは、途中の道から入ってみたり、いろいろと抜け道を探したりしていました。
ところが、それすらも禁止されるようになり、いつしか僕たちも河原町へ行かなくなっていきました。
今になって振り返ると、
「一体、何のために毎晩あんなところへ行っていたんだろう?」
と思うこともあります。
特別な目的があったわけでもない。
車を走らせ、友人たちと集まり、くだらない話をして、夜が更けていく。
そんな毎日でした。
でも、不思議なことに、今振り返ると、その何気ない時間がとても懐かしい。
初めて自分で買ったCIMA。
夜な夜な走った京都の街。
河原町に集まった友人たち。
そして、あの頃の何とも言えない勢いと若さ。
今ではもう、あの頃と同じ時間を過ごすことはできません。
だからこそ、初めて買ったCIMAとともに過ごしたあの時間は、僕にとって忘れることのできない、大切な青春の一ページなのだと思います。



